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人生は「選択」で変わる|永久詐取される労働者か?自由を享受する資本家か?

お金や時間から解放された自由人をもっと増やすための活動をしている、ガネゾウ(@gane_free)です。

人間なら誰しもが願う「幸せな生き方」。その幸せな生き方とは、果たしてサラリーマン生活を40年も勤めあげた上で見つかるものなのでしょうか?

私は違うと思います。むしろ、安定という名の上にあぐらをかいてダラダラと働くサラリーマンを続けていては、決して真の意味での幸せは訪れないと危惧しています。

この記事では、サラリーマンは安定した理想的な働き方であるという当たり前の認識にメスを入れていきます。一般世間では常識的な「安定」という概念は、実は大きなリスクをはらんでいるのではないか、をテーマに、単なる労働者から新しい人生に生まれ変わる方法について詳しく解説していきましょう。

 「サラリーマン=安定=安全」という迷信

日本では未だにサラリーマンや公務員といった「安定した職業」が、社会生活を営む上での最優先事項として認識されています。大学に3年間通えば就職活動を始め、企業の合同説明会に参加しエントリーシートを作成。数々の面接を経たのちに入社を決意し、初めての社会生活に戸惑いつつも企業生活をスタートさせていきます。

私もそうでした。両親からは「給料の良い大手企業を目指しなさい」と言われ、周りの友人たちからは「公務員は安定して働ける」という勝手なイメージを聞かされる日々。親や親戚、友達さえも「安定した仕事=理想的な環境」と信じてやまない、それが日本の当たり前なのでしょう。

しかし現実は違います。

実際に社会に出てみると、サラリーマン生活というものは、あらかじめ企業が用意したシステムの中に単に人員を配置しただけのもの。作業を最大限に効率化させるために、企業が個人のやるべき事を決め、少しでも意に沿わないようなら異端児とみなされます。

毎月決められた日にちになれば給料が支払われ、滅多なことではクビを切られないという仕組みは生活を安定させるかもしれません。一方で、心の中にそうした油断が生まれると、今度はその油断が怠惰になり、現状でも生活は苦にならないという錯覚を生み出すでしょう。

果たしてこの状態が真の安定と言えるのか、私はサラリーマンとして長く働くほどこの疑念を強く持つようになりました。

 なぜ「安定」は「安全」に繋がらないのか?

世の中には「安定」とか「安心」だと信じてやまない事柄が多数存在します。ここで例に出す「預金」というシステムも世間一般には安定したものとして捉えられています。

銀行にお金を預ける普通預金、もしくは定期預金は元本割れする危険性のないノーリスクな資産運用方法としてのイメージが強いでしょう。しかし、現実には普通預金や定期預金は、(現在の日本経済情勢下では)必ず損をする仕組みになっています。

現在の普通預金や定期預金の金利をご存知ですか?

2018年10月の大手銀行(ゆうちょや三菱、三井など)の定期預金金利は0.01%、普通預金に至っては0.001%の低さです。仮に100万円を預金したとしても、1年間で受け取れる利息は定期預金で100円、普通預金ではたったの10円となります。

しかも、この金利には物価が考慮されていません。日本円の価値は常に物の値段との比較によって行われますが、1年に物価が1%上昇したとしたら、寝かせておいたお金が1%以上の価値を生み出さなければ将来的な通貨価値は下がってしまうのです。

総務省が発表している物価上昇率は2018年8月のデータで前年同月比1.3%高まっています。つまり、超低金利下の日本で普通に預金していただけでは、日本円の価値はどんどん低くなってしまう(損をしてしまう)という仕組みなのです。

これでも従来の認識通り、普通預金や定期預金は「安全な投資」と言えるのでしょうか? 私は日本の預金システムほどリスクの高いものはないと思います。

このように世間では一般的に「安定・安全・低リスク」だと信じられているものが、実は大きなリスクや危険性をはらんでいることもあるのです。「サラリーマン=安定した職業」という当たり前の認識が、実は大きな間違いであることを私たちは疑い始める時期なのではないでしょうか。

 

まだ資本主義いついてよくわかっていない方がいれば、ぜひこの2冊を読んでほしい。マルクスのとても難しい本をわかりやすく解説しています。

 
 

 サラリーマンを継続すると失われていく3つの物

サラリーマンというのは「職業」でもなければ「1つの働き方」でもありません。サラリーマンは「契約」です。そう、会社と個人が交わす1種の契約に過ぎないのです。

私たちは日頃から物やサービスを買ったりしますよね? これも契約です。

そして契約には必ず契約者双方が支払う代償が必要。私たちは物やサービスを使う権利を得る代わりに、お金という代償を支払っています。サラリーマンという契約の中では労働の対価としてお金を受け取る権利を得る一方で、普段では見落としやすい代償を提供していることを忘れてはいけません。

では、サラリーマンが給料の代わりに支払っている代償とは一体どのようなものなのでしょうか? ここからはその代償を3つに絞って解説していきます。

向上心

サラリーマンや公務員でいる間は、必ず月に1回は決められた日時に給料が振り込まれます。会社によっては年に1~2回のボーナスを支払ってくれるところもあるでしょう。しかし、その状態に満足して歩みを止めていませんか?

社会生活を営むということは誰しもがプロになるということです。他社と競争しながら、顧客の求める製品やサービスを常に提供し続けなければなりません。

ただ、歩みを止めてしまった人はいずれ競争からふるい落とされてしまうでしょう。なぜなら、時代は常に進歩していくからです。時間は常に動いているのに、自分だけが歩みを止めてしまうと流れに付いていけなくなります。すると、次第に良い製品やサービスを生み出せなくなるのです。

対策は、常に向上心を忘れず、時代の進化に合わせて自らも努力して成長してくこと。しかし、「安定」という禁断の果実を手に入れた人は将来のリスクには気付けず、現在のゆとりある生活に満足して歩みを止めてしまうのです。

自助力

「自助」とは、自分の力だけで問題や困難を切り開く能力です。何かトラブルが起こった時にも、まず他人の力を期待するのではなく、自分だけの力で乗り越えようとする決意を指します。

サラリーマンや公務員など「安定」した働き方を続けていると、この自助力はどんどん失われていくでしょう。たとえ、風邪を引いて出社できない時にも周りには助けてくれる人がいる、自分がミスをした時にも尻拭いしてくれる上司がいる、そうした環境に人間は甘えてしまうものです。

寿命

私たちは働いている時、食事をしている時、寝ている時にも常に時間を消費しています。消費した時間は決して戻ってくることはありません。そして時間が過ぎれば歳をとり、寿命がなくなれば死んでしまいます。

つまり、私たちの消費している今この時の1秒1分が自分自身の命そのものということです。

ここで私たちは自分の人生について振り返ってみなければなりません。自分自身の命を浪費していないか? 命を無駄なことに使っていないか?

サラリーマンは1日に約10時間以上も生活時間を拘束されてしまいます。つまり、人生の3分の1以上の時間を会社に縛られて生きているのです。こうした時間を無駄に使って生きているのなら、それは人生の3分の1の命をドブに捨ててしまっているのと同じではないでしょうか。

 

今回は、サラリーマンが給料を得る代わりに支払う代償を3つのポイントで紹介してきました。こうした要素以外にも、人によっては他にも様々な代償を支払っているよ、という場合もあるでしょう。

たとえば、

・会社側のルールに従うこと(不自由さ):勤務時間、勤務地、所属部署、職務内容など
・プライベート時間の犠牲:残業、休日出勤、過剰な労働時間など
・人間関係:仲間内での不和、上司・同僚・部下とのタテとヨコの社会など

 

こうした要素は上記で紹介した「向上心」や「自助力」、「寿命」とは根本から異なります。たとえば、「勤務時間や勤務地が選べないのがイヤだ」とか、「気の合わない人とでも一緒に仕事しなければならないのは煩わしい」という内容は全て単なる不平や不満にしか過ぎません。

仮に不平や不満を理由に会社を辞めたとしても、その先の人生はうまくいかないでしょう。なぜなら、新しい環境でもまた新たな不平や不満が見つかり、それを元にまた逃げ道を探して迷走してしまうからです。これは転職をするにしても、新しい別の道を探す時も同じことが言えます。

たとえ今よりも給料の高い職場が見つかったとしても、自分らしいことができる新天地が見つかったとしても、その先には必ず課題が現れます。その課題を解決できるのは、不平や不満を言うのではなく、向上心や自助力を持った人のみです。

だからこそ、サラリーマン生活でそうした要素を犠牲にしないためにも、これから紹介する新たな一歩を踏み出してほしいと思います。

 人生で迷った時の「選択」こそ重要

サラリーマン生活で徐々に失われていく3つの要素「向上心」、「自助力」、「寿命」は全て幸せな人間生活を送る上での「安定」した要素ではないでしょうか。つまり、私たちは「サラリーマンだから安定」といったよく分からない論理に惑わされて、人生で本当に大切な「3つの安定」を失っているのです。

では、サラリーマンや公務員といった仕事を失ってでも手に入れるべき、本当の働き方とはどのようなものなのでしょうか?

それは自分だけの「資産」を手に入れることです。

 

資産とは大まかに分けて以下の3つに分類されます。

①動産・不動産(現預金や株、土地など)
②知識・知恵
③経験
 

資産はそれ自体を利用して、より大きな物を生み出せる要素を指します。そして、資産を活かして利益を得る人を資本家と呼びます。たとえば、手元にお金があれば、それを元手に事業を行ってより大きな利益を生み出せたり、株や債券を購入して利息を得られますよね。

また、知識や知恵、自分だけの経験も立派な資産です。本を書いて印税を得たり、経験をもとに講習を開いてお金を得る人も、自分の目に見えない資産を利用している資本家と言えます。

資産を利用すれば、1が10になることもあれば、100に変化させることだってできます。資本家になれば、サラリーマンのように、貴重な命を削ってまでなけなしの小銭を稼ぐ今までの人生とは決別できるでしょう。

しかし、過去との決別には決断が必要不可欠。これまでサラリーマンとして働いてきた人には、新しく資本家として生まれ変わる「選択」のチャンスが増える一方で、これからの人生をどう生きるかを賭けた大きな「決断」をしなければなりません。

この人生の「選択」をどう行うかによって、これからのあなたの人生は、「これまで通りに永久詐取される労働者のままでいるか」、それとも「自由を享受して幸せを得られる資本家を謳歌するか」が決まるでしょう。

 

ガネゾウ
ガネゾウ 

30代投資家・起業家 / 20代で起業⇒ 会社売却⇒ 現在はビジネスをしながら幅広い金融商品を運用中。ブログの感想、相談事、仕事のご連絡はTwitterまで。詳しいプロフィールはこちら

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